幅広い顧客の囲い込み

幅広い顧客の囲い込みに関して記載します。

 「この商品はこの店で買う」という店舗のファンの新規獲得並びに固定客化するための競争相手は、同じエリアの小売店でした。少し前まで、価格や品ぞろえに大差がない場合は、一度来店してくれたお客様にポイントカードなどの特典を付ければ、それ相応に優位に立てました。ところが今では、ネットの影響により、消費者は人気商品の最安値はネットを探索すればすぐに出てくるし、これまでは集めることができなかった不特定多数の口コミも簡単に手に入れられるようになっています。一般の消費者がお得情報を簡単に大量に入手できるようになったことにより、少しくらいのポイントでは顧客の囲い込みを行えなくなってきました。

その影響から、新たな顧客の囲い込みの考え方がここ10年~15年の間に出てきました。「ポイント探検倶楽部(www.poitan.net/)」というサイトがあるのですが、ここを見ると小売店やサービス業で貯められるポイントはかなりの範囲で互換性を持っていることがわかります。例えばイオンリテールの「WAONポイント」や洋服の青山の「AOYAMAポイント」をJR東日本のSuicaポイントに交換できたり、「りそな銀行」や「東京電力」のポイントを高島屋のポイントに交換できたりします。中でも「Tポイントカード」はこのポイントの互換性に関しては代表的で、20以上の業種、100を超える店舗で同一のポイント(100円で1ポイントの「Tポイント」)を貯めることができます。その中には「ファミリーマート」や「ガスト」など、生活に密着した消費行動と深く関わりを持つ店舗が数多くあります。

また新たな顧客の囲い込みという視点から行くと「地域密着型のポイント」というものもあります。2009年より池袋の「ヤマダ電機LABI1」が池袋の飲食店が加盟する地域密着型ポイントサービス「エクポ」と連携を開始し、池袋の飲み屋でヤマダポイントが貯まるし、貯めたヤマダポイントを使って池袋の飲み屋で使うことができるようになりました。今ではヤマダ電機の新宿進出とともにエクポの使用範囲も広がり、池袋・渋谷・新宿・上野の加盟店で使えるようにもなっているようです。

 最近、どこでもかしこでもポイントカードを発行していて財布の中がカードでパンパンになって、結局使わずに捨ててしまう、なんてこともありました。結局、興味が持たれないものは捨てられてしまうのです。情報が簡単に手に入るようになった時代だからこそ、自らの店舗や商品のファンになってもらうために、魅力のアップが必要不可欠でしょうし、上記のような新たな視点での考え方も必要になってきていると思われます。

 (参考文献 「衝動買い」が止まらない!)

ドン・キホーテ

本日は「ドン・キホーテ」について記載します。

ドン・キホーテは1978年に東京の西荻窪で「泥棒市場」という名前で小規模の店舗からスタートしました。その2年後、いったん「株式会社ジャスト」とし卸売業に鞍替えしますが、1989年に再び小売業へ。1995年には現在の「株式会社ドン・キホーテ」に商号を改称します。翌年には店頭市場(現ジャスダック)に株式上場し、さらに1998年東証2部上場、2000年に東証1部へ上場と急成長を遂げていきます。小さな個人商店がたったの20年余りで一部上場の企業にまで成長したのです。

このドン・キホーテ。店内はごちゃごちゃとして通路が狭く、スーパーでみられるような陳列方法とは真逆の方法をとっています。このドン・キホーテの独創的な陳列方法は「ジャングル陳列」もしくは「圧縮陳列」と呼ばれているそうです。この陳列方法をすることによって次のような効果を目論んでいるようなのです。まず、通路に棚が出ていたりしていて人が一列にならないと通れないような通路スペースを作ることにより、顧客の流れを止めて渋滞を作り、商品に目が行きやすくするようにしています(このような陳列方法を突き出し陳列と言います)。これにより商品と顧客の接触回数を増やすことができ、衝動買いを誘発できます。また、どこに何があるかがわかりづらいので、顧客は店内をぐるぐる回ることとなります。顧客が店内をぐるぐる回ることにより、回っている間に顧客自身に意識していなかった需要を思い出させるということを狙っています。更には、かごやワゴンに投げ込んだままの状態に見せる陳列を行うなど(これをジャングル陳列と言います。)、無造作感、何気なさを演出することにより、安さを顧客に印象付けることもしています。費用対効果的な観点から見て、売場面積当たりのアイテム数を増やすことで、一商品当たりの家賃が下がるということ、並びに従業員一人あたりのアイテム数を増やすことで、一商品当たりの人件費を下げられる、ということも目論んでいるようです。この陳列方法の実践が、きっとドン・キホーテの強みになっているのだと思われます。

また、接客がほとんどなくても商品を選べるような売場づくりをするため、大量のPOP作戦をとっています。実際店舗に行くと、数字はほとんど赤文字、いろいろなところにPOPが掲出されています。新宿の店では、鞄売場のところに「機内持ち込みサイズ表」なるものがあって、販売員に聞かなくても、自分で鞄のサイズを実際に図れるような工夫もしていました。POPには「一度買った人は9割がリピーターに(お菓子のPOP)」「これでどんな時でも大丈夫(コスプレ用ナース服のPOP)」「倉庫ごと買い取ったので、この値段です!(輸入菓子のPOP)」など、顧客の背中を押すような言葉のPOPや安い理由を説得力あるコメントで主張するPOPもあったそうです。

 今までにない陳列方法やPOP作戦によって急成長を遂げてきたドン・キホーテ。新たな戦略の開発とその戦略をぶれることなく実践しているということが、成功の原因のように思われます。

 (参考文献 「衝動買い」が止まらない!)

需要を創造するビジネス

需要を創造するビジネスに関して記載します。

ちょっと前に久々に都電荒川線に乗ったのですが、道路の真ん中を走ったり、普通の電車のように砕石の上にある線路を走ったりと、いろいろと変化があり、面白い電車だなと感じました。さて、この電車、都が運営しているのですが、お客様を増やすためか観光マップのようなものがあります。確かに鬼子母神やら飛鳥山やらと、ちょっとした観光スポットがあるので、普段の交通の手段というだけでなく、散歩がてらに利用するのもいいのかもしれません。都電に限らず、JRの駅にも旅行関連のポスターがよく見受けられます。都電にしてもJRにしても、利用することによって、その先に楽しいことがあるという意識を顧客の中に作っているのです。

 最近、都市部ではあまり自動車の必要性を感じない人が多いと思います。自動車を維持するだけでも、駐車場代・ガソリン代・車検代・各種メンテナンスなどいろいろとお金がかかります。電車を使えば事足りますし、必要ならばレンタカーを借りればいいから、あえてお金のかかる自動車を所有する必要性がないのです。そんな中で自動車の価格や燃費をいくら安くしても、自動車が欲しくない人は買いません。自動車メーカーが消費者に自動車を欲しいと思わせるためには「自動車を買ったらこんな楽しいことがある」という意識を持たせるしかありません。その考えの下、自動車会社は様々な活動を行っているようです。トヨタの子会社である「トヨタオートモールクリエイト」は2008年に横浜市港北区に複合商業施設「トレッサ横浜」をオープンしました。もともとはトヨタグループの物流拠点だった土地に、衣食住からアミューズメントまで200店舗を超えるテナントが入る商業施設をつくったのです。総駐車可能台数は2700台。最寄駅からはバス、もしくはタクシーを利用しなければアクセスが難しい位置にあります。トヨタは「自動車でしか行けないような場所に、魅力的な施設をつくることで、自動車そのものの販促につなげよう」と考えているのです。つまり、魅力的な商業施設をつくることによって、自動車の需要を創造しているのです。

2012年正月に、東京銀座にある商業施設「マロニエコート」や新宿の「小田急百貨店」の「婚活福袋」が注目を集めました。これら福袋は「洋服を買うための商品券」「おしゃれなレストランでのお食事券」「エステやネイルサロンのサービス券」と「お相手を紹介する」という商品がセットとなっている福袋でした。2012年以前にも婚活福袋というものはあったのですが、それは婚活に使う洋服やアクセサリーなどを詰め合わせたものでした。かなりお得感があった福袋だったようですが、売上は今一つだったようです。しかしながら、2012年の婚活福袋はヒット商品となりました。理由としては「その商品を使うべき場を作った」ということ。「商品の魅力をうたうよりも、商品の魅力を発揮できる場所を用意した」ということなのです。洋服であれば、ただ単純に洋服などを売るのではなく、洋服を着るシーンを作り上げたということです。

 需要を想像し創造するということが売上を上げていくのに必要な時代なのかもしれません。

 (参考資料 「衝動買い」がとまらない!)

計画的な店舗レイアウト

計画的な店舗レイアウトの実施で売上をアップさせるということに関して記載します。

【ウォルグリーンのレイアウト】

アメリカのドラッグストア、ウォルグリーンのセルフ売場商品の粗利益率は約36%と高くなっているそうですが、その要因の一つにレイアウトがあるというのです。ウォルグリーンでは顧客の可能購買高を『「可能購買高(100%)」=「計画購買(顕在ニーズ)(20~30%)」+「衝動購買(潜在ニーズ)(70~80%)」』という考え方をしていて、顧客の買物の7割~8割が衝動買いと捉えているようです。ウォルグリーンの幹部は「利益の上がらない店舗の特徴の一つは顧客を計画購買商品の購入だけで帰していることにある。そのため衝動購買に始まり、衝動購買で終わるレイアウトが重要だ」と述べています。ウォルグリーンでは、レイアウトというものを人間の行動学上から、また、心理学上から深く研究し、形作ってきました。このことが売上、利益の向上に大変重要になってきているとのことなのです。

【通路が狭いと買わない】

 過日、あるお店に入ったときに通路が狭すぎて、奥に行くのが面倒になって店を出てしまったことがありました。店舗内を十分に顧客がくまなく見られるようにするためには、しっかりした導線を確保し、魅力的なレイアウトを作っていくことが非常に重要になってくると考えます。例えば導線を十分に確保するためには、お客様の体の幅を大まかに捉えておくことも大切です。「繁盛店が必ずやっている商品陳列最強のルール」によるとお客様の体の幅は、女性40cm、男性45cm、ベビーカー57cm、こども35cm、親子88cm、車椅子63cmとのことです。衝動購買を増やすためには顧客の店内滞留時間を増やすことが重要です。そのためにはレイアウトに関する知識を押さえておくことが重要だと考えます。

 (参考文献 「実店舗で商品を売るにはどうしたら良いか!?」「繁盛店が必ずやっている商品陳列最強のルール」)

百貨店 婦人服販売の転換点

「百貨店:現在の流れに至る、婦人服販売の転換点」に関して記載します。

1970年代から「ミッシーカジュアル」という市場が登場しました。これが現在の百貨店の婦人服の流れを作っていったようです。そもそも、ミッシーとはミスのような若々しいミセスという意味となります。ミッシーカジュアル登場前の婦人服はスーツかワンピースであり、それも既製服はわずか。プレタポルテとイージーオーダーが全盛でした。それに対してミッシーカジュアルは、スーツやワンピースのような単品の販売ではなく、シャツやボトム、カーディガンなど単品を組み合わせて着こなしを提案する販売方法を使うもので、複数の商品の買上げを意図するコーディネイト販売をするものとなります。それが当時新鮮な概念だったようです。ミッシーカジュアルの登場により、それまで大手百貨店の紳士服と婦人服の売上はほぼ均一でしたが、婦人服関連商品に圧倒的なウエイトが置かれるようになったようです。

このミッシーカジュアル登場前から百貨店は欧米のファッション動向から必ず日本でも既製服主流の時代が来ることを見通していて、海外高級ブランドの導入を図っていました。例えば、大丸が1953年10月にクリスチャン・ディオールと独占契約をしたり、59年に高島屋がフランスのデザイナー、ピエール・カルダンと提携をしたりしています。そういった流れの中で60年代後半から70年代にかけて「既製服化率」が急上昇し、アパレル消費が急速に拡大することとなります。

アパレル業界から大手百貨店に登場したミッシーカジュアルは次のようなものがあります。まず、東京スタイルは1971年に伊勢丹向けに「マイルド」、三越に「エバン・ピコン」をストアブランドとして提供。また、西武百貨店、小田急百貨店に「レポルテ」をNBとしてスタート。樫山も伊勢丹をメイン売場に「アミエル」を立ち上げ、その後「ジェーンモア」もスタート。レナウンは「アデンダ」、三陽商会は「バンベール」をスタートさせます。このような流れの中で、1971年から80年までのほぼ10年をかけて、各アパレルメーカーのミッシーカジュアルの売上は年商100億円規模の基幹ブランドへと成長していきます。80年度の販売実績を見るとアデンダが107億円、レポルテ(「エバン・ピコン」「マイルド」含む)が97億円、バンベールが95億円、ジェーンモアが70億円といった数字です。これらアパレル業界の基幹ブランドが百貨店の婦人服の売上を押し上げることにもなったのです。

 上記から、既製服がこれだけ当たり前になってからそれほど時間が経っていない、ということも言えます。欧米の流れを見て既製服の時代が来ることを察知し、そして、1970年代からコーディネイト販売という大きな流れができあがっていったようです。日頃から当たり前だと思ってしまうようなことでも、時代の流れの中で作られたものだということがわかります。

 (参考文献 現代アパレル産業の展開)

ファストファッションと激戦地東京

「ファストファッションとその最大の激戦地、東京」という視点で記載します。

 日本の人口は首都圏への集中が目立っていまして、国道16号(通称:東京環状 神奈川県横浜市→相模原市→東京八王子市→埼玉県川越市→さいたま市→千葉県柏市→千葉市を結ぶ。)の内側に2,800万人もの人が住んでいます。日本の人口の約22%が、国道16号が囲む半径30キロ以内に集中しているのです。その状況下で、日本へ参入してくる外資系小売業の狙いは首都圏に絞られてきました。理由としては、首都圏をはじめとした大都市とその周辺は消費が活発で小売業にとって魅力的であることと、バブル崩壊により地価が低落するとともに規制緩和が急展開で進んできているので市場に参入し易くなってきているということが挙げられます。イタリア・ビアンコ社の調査によると、イタリアの高級ブランドメーカー52社が世界に展開する直営店は98年度で約4,000、このうち世界主要都市への出店は1位東京188、2位ミラノ124、3位ソウル108、4位香港104、4位ローマ104、6位大阪92、6位パリ92、8位台北89、9位ニューヨーク76、10位ロンドンという状況で、東京への市場参入が圧倒的という状況です。

そのような感じですので、ファストファッションに関しても、原宿、銀座、新宿と東京はファストファッションの最大の激戦地となっています。世界を代表するSPAをビジネスモデルにした10強のうち、なんと8社が日本市場での覇権を競っている状況です。

 更にファストファッションにおいては先発組のギャップ、ザラ、H&Mに加え、新興勢力ユニクロ、フォーエバー21、プライマーク(プライマークは日本の出店はない)など業界内での競合も激化しています。

ユニクロはデザイン、流行トレンドの早さより、現代社会の中にある生活者の解決型ニーズ(ウォンツ)をいち早く、安価に商品化することで、他社と一線を画しています。ファッション業界がそれまで、どれだけ付加価値をつけるかという視点だったことに対し、ファッションを生活必需品・消耗品というように新たな視点でとらえたのです。例えば、アメリカのポーラテックが独占していたフリース市場に挑戦し、それまで1着3~4万円であったフリースを一気に1,980円にまで価格破壊しました。それ以外にも、手薄だったレディス用途にブラジャーのカップを内蔵した「ブラトップ」、保温性の高い下着「ヒートテック」など大ヒットを飛ばしています。

フォーエバー21は1984年にロサンゼルスで韓国系のアメリカ人ドン・チャンとジン・チャン夫妻が創業したのです企業ですが、徹底したODM(相手先ブランドによる設計製造)調達で経費カットを実行する企業です。また、5週間で売り切ることを基本とし、週1回の発注でバイヤーが即決していきます。このスピード感が同社を成長させている要因とも言われます。

 「早い」「安い」「おしゃれ」と牛丼のような評判で一躍、時代の寵児に駆け上がったファストファッション。東京における激戦は市場環境並びに新たな視点でビジネスモデルを構築した後発組の市場参入による合わせ技で起こっていることが想定されます。さらに今後ファストファッションがどのように変わっていくのか非常に興味深いです。

 (参照文献 現代アパレル産業の展開)

店舗の照明

店舗の照明に関して記載します。

 最近の居酒屋の多くは照明の色はオレンジ系の暖色系の色が多いと思いますが、昔、色彩を一緒に勉強していた友人とある居酒屋に行ったとき店内が蛍光灯で明るく照らされていて、驚いたことがあります。ふつう、食べ物は青みを帯びた色になると美味しくなさそうに見えるので、暖かいイメージを持つ暖色系の色を当てる方がいいのです。蛍光灯の種類にもよるとは思いますが、青白い光を出すタイプが一般的だと思うので、居酒屋で蛍光灯を選択するということに驚いたのです。電球の色には昼光色・昼白色・温白色・電球色があり、それぞれ光の色が異なります。昼光色が一番青みを帯びた色になり、電球色に向かうにしたがって赤みのある色になります。青みの色を使うか赤みの色を使うかによってイメージが全くことなりますので、使い方を理解した上で使用することが必要です。例えば高級ブランド店は高級感を演出することができる電球色を使うほうが適しています。また、商品説明など文字を読む機会の多いドラッグストアや家電量販店は昼白色(5300K以上)の明るい色を使った方が良くなります。

 照明には先ほどの居酒屋の蛍光灯のようにお店全体に光を当てるような全体照明以外に、「ある商品を強調したいときに当てる“スポット照明”」「直接光を当てるのではなく、一度、天井や壁などに光を当てて、その反射光を利用した“間接照明”」があります。光の色と合わせて、どのように照明を使うかという部分も店舗運営を行う際には重要です。全体照明では光が強い場合、間接照明にすれば、やわらかな光になり「落ち着いた」「優しい」雰囲気を演出することができます。

スポット照明に関しては、商品の正面から光を当てるという方法と、商品の左右から2つの照明を当て、どちらか一方を弱い光で、もう一方を強い光を当てるという方法があります。2つの照明を当てることによって商品に立体感を出すことができます。

スポット照明を設置するときには、光がお客様の目に入ってしまう(グレア)ことに気を付けなければなりません。スポットライトの光はかなり眩しいので。照明はお客様の立つ方角から棚のほうに向けて光が当たるように設置するのが基本です。また、ちょっと気になるのは白熱電球を背の低い什器につけて、商品に光を当てているケースが見受けられることです。小学生の時にプラスチックの枠で囲まれた温度計を白熱電球に近づけたらプラスチックが溶けました。白熱電球を使用してお客様を火傷させてしまっては大変です。

 例えば最近、都内の駅のホームで青いライトが照らされていることがあります。これは青い色に心を落ち着ける効果があるからです。何気なく使われているように思われる照明にもそれぞれの工夫がされていることがあります。意識して見てみるといろいろと興味深いことが見つかるものです。

 (参考文献 繁盛店が必ずやっている商品陳列最強のルール)

109

「109」について記載します。

109は、東京急行電鉄の完全子会社である東急モールズデベロップメントが展開しているのですが、名前の由来は「東急」の読みを数字で「10-9(いち・まる・きゅう)」と語呂合わせしたものから来ているようです。また、「営業時間が午前10時から午後9時まで」という意味も盛り込まれているようです。

さて、この109。バブル崩壊後、商業施設のじり貧が大勢となる中で、109も業績低迷に陥っていました。そこで109は生き残りをかけ94年に若手社員を中心としたテナント開発室を発足させ、若者が集まる渋谷という立地に注目し、自己主張の強い渋谷の女の子に特化したファッションビルで再生を図っていく方向性を結論付けました。このヒントとなったのは地下1階で高い販売効率を図っていた「me Jane(ミージェーン)」などセクシーカジュアル系新興アパレルの存在でした。この結論に沿って、95年から4年の歳月をかけて地下1階から6階までを新興勢力で埋め尽くしていったのです。つまり、売上の回復のために109は地域密着のマーケティングを行い、ターゲット顧客を特化したのです。

また当時カリスマ店員ブームがありましたが、109にある「me Jane」「EGOIST(エゴイスト)」「CECIL McBEE(セシルマクビー)」「moussy(マウジー)」など、いわゆるマルキューファッションはファッションブランドの店員が情報発信源となる“等身大の消費”の先駆けとなりました。70年代からバブル崩壊の90年代初頭まで、日本のファッションビジネスはDCブランドブームに見られるように、ブランドやその背景にあるデザイナーへの憧れをモチベーションに成長してきました。しかしながらマルキューファッションはショップの店員や消費者と同年代の販売員が主役となり、同世代の生活者たちに等身大の憧れを植え付けたのです。このことは情報発信源を変化させ新規性を出したということが言えると思います。

 当時、109は一部から時代のあだ花と見られていたようですが、そのようなことはなく、例えば2013年1月2日の初商は約3億7000万円の売上を出しているなど、一過性には終わっていないと思われます。「CECIL McBEE」は東京ガールズコレクションの看板ブランドですし、109に入っているブランド「moussy」「SLY(スライ)」の会社のバロックジャパン(旧フェイクデリック)は年々店舗数を増加していて、09年1月期に160店舗を超えています。

 「地域密着のマーケティングを基にターゲット顧客を特化させたこと」「ファッションの情報発信基地の役割を果たしたこと」は109がバブル崩壊後の厳しい経済・社会環境の中で成功を収めた要因だったように思います。時代の流れを見て常に変化させ続けることが重要だという表れだと感じます。

 (参考文献 現代アパレル産業の展開)

老舗企業に関して

老舗企業に関して記載します。

 日本には多くの老舗企業が存在していて、創業ないし設立から100年以上経っている企業を老舗企業とすると、帝国データバンクのデータベースによると、その数は何と約2万社もあり、日本の企業全体の1.6%にも及びます(2008年)。ちなみに、老舗企業の条件として先祖代々続いていて、今なお繁盛しているという連続性が絶対条件となります。

 例えば赤羽駅から徒歩10分~15分の場所に小山酒造という東京都23区内に唯一残る造り酒屋があります。創業は1878年(明治11年)。小山本家酒造の次男、小山新七が東京と埼玉を結ぶ交通の要所となる岩淵に豊富な水が出ることに着目し創業しました。小山酒造は経営的な危機に陥った時でも、酒屋を潰すことなく、不動産などの多角経営によって、危機を乗り越えてきました。また、小山家に伝わる家訓に「とにかく数字を見ろ」という教えがあり、お酒を造るにあたって部屋の温度管理など、数字で状況を見ることを徹底して意識してきたようです(日本酒は作るときの温度によって味が変わる)。100年以上、一貫したアイデンティティを持ち、時代の状況を踏まえながら環境に適応して生き残りを図ってきたようです。

 今ではどこのデパートでも見る羊羹で有名な虎屋。虎屋は室町時代に京都で創業し、のれん分けをせず、希少性を維持しながら、皇族や公家、武家、豪商などを相手に和菓子を販売していました。また、代々の経営者は伝統を重んじるだけでなく、時代の節目で成長のため経営改革を行ってきました。例として昭和37年のデパートへの出店があります。虎屋は銀座や赤坂などの店舗で高級なブランド・イメージを確立していましたが、昭和37年に東武百貨店池袋店へ出店。庶民的なデパートへの出店により、これまで築き上げてきたブランド・イメージが崩れるのではないかとの心配もされましたが、高級なイメージを崩すことなく、デパートへの出店を成功させました。老舗企業は昔から変わらないと消費者から思われるところに価値があります。よって長期的・漸増的に革新を行っていくこととなります。

 老舗の誇るものに“のれん”がありますが、この“のれん”は「信用」「価値」「人との和」というものを象徴しています。継続的に価値ある商品を消費者に提供し続け、顧客からの信頼を得ることで、のれん自体に土地や建物のような資産価値が出てくるのです。継続と革新が商売を行っていくうえで重要だと言えるということだと思います。

 (参考文献:ブランド・マーケティング)

ブランド価値を守る

ブランド価値を守るということに関して記載します。

 現ソニーが社名を東京通信工業からソニーに変更して間もなく、1964年「ソニーチョコレート事件」が起きました。事件の発端はハナフジという菓子メーカーが、社名をソニー・フーズという社名に変更し、「ソニーチョコレート」の名前でチョコレートの販売を始めたということでした。さらにソニー・フーズは、社名の変更どころか、当時ソニーがキャラクターとして使っていた「ソニー坊や」にそっくりの「ゴルフ坊や」なるものも作ってソニーとの同質化を図ってきたのです。事情を知らない一般消費者は「ソニーが菓子業界に参入した」「ソニーが販売したお菓子だから、品質・味ともに良いものに違いない」と思い、多くの人がソニーチョコレートを買い求めました。これに対しソニーは商標違反でソニー・フーズを訴え、5年の歳月を経て、両社は和解しました。経済学ではソニー・フーズのような行為を『ただ乗り』と言います。ソニーは『ただ乗り』を許さないと、この事件に取り組んでブランド価値を守ったのです。ソニーはこの事件の後、日本及び世界約170か国のあらゆる商標分類に登録を申請し権利を取得。また、ソニー・フーズは廃業しました。

 (ソニー坊や:週刊朝日で連載されていた漫画「あっちゃん」をソニーの前身である東京通信工業が販売促進キャラクターとして使用)

2003年、モンテローザが「和民」を経営するワタミフードサービスに対して、同社から「『和民』に似た名称の店名、似たデザインの看板を『魚民』がわざわざ使っている」との虚偽の事実を公表されたとして、3000万円の賠償を求める訴えを東京地方裁判所に起こしました。結果として両社は和解。「魚民」「和民」が共存することとなりました。

 同じく2003年、「月の雫」を運営する三光マーケティングフーズが「月の宴」を運営するモンテローザに対して6000万円の損害賠償を求める訴訟を横浜地方裁判所に起こしました。訴訟内容は店名やロゴが似ているだけでなく、メニューの豆腐を「豆冨」と表示しているのも同じだという内容です。これに関しては2006年に和解。「月の宴」「月の雫」は共存することとなりました。

 名前を合わせることによりブランド価値を打ち消すという方法はランチェスター戦略でいえばミート戦略ということになります。一般の消費者からすれば同じような名前であれば、同じ会社なのかとも思ってしまいます。また、商品名や店舗名などをブランドとして成立させている企業としては、他企業から商品名や店舗名を似たようにされてしまえば、そのブランド価値は下がってしまいます。マネする企業としては他社のブランド価値を利用して売上を作ることができます。ブランドを持つ企業としては自社が作り上げてきたブランドをしっかりと守り抜くことが自社の利益を守るために必要不可欠といったところでしょう。

 (参考文献:ブランド・マーケティング ランチェスター戦略「弱者逆転」の法則)