キャラクタータイアップ 銀座松屋「エヴァンゲリオン展」

本日はキャラクタータイアップ、銀座松屋「エヴァンゲリオン展」の事例に関して記載します。

【銀座松屋「エヴァンゲリオン展」】

2013年8月7日~26日にかけて銀座松屋で「エヴァンゲリオン展」が開催されました。この催は庵野秀明氏と制作会社が監修していて、最新作「Q」を含む生原画や設定資料が初公開されるなどしました。また、シャワー効果を高めるべく、催と売場が連動し、エヴァ展に来場した顧客を各フロアへ誘導する施策を実施しました。

3階の婦人服売場や5階の紳士服売場にはエヴァの登場人物の等身大フィギュアを展示し、加えてキャラクターをイメージしたコーディネイトの提案も行いました。アスカの私服のコーディネイトを展示するセレクトショップ「リタズダイアリー」の売場の前には男性客が訪れ、シンジやカヲルの私服コーディネイトを展示する紳士服売場の前には女性客が訪れる、といった具合に、普段は行かない売場へ誘導する仕掛けを凝らしました。

他にも、屋上「美しくなるビアガーデン」では作品の中に出てくる赤い海をテーマにしたカクテル「RED OCEAN」を販売したり、食料品フロアではネルフのロゴ入りクッキーの販売を行ったりしました。各フロアの飲食店においても、作品をモチーフにした限定メニューの提供を行いました。

このように、催と売場が連動し、8階催会場から各階への顧客の回遊性を高めたのです。

【店内のエヴァファン有志がチームを組み、知恵を出し合う】

このエヴァ展では、フロアを超えて催と売場が連動しただけでなく、この催で獲得した新規顧客が、その後も継続的に来店してもらえるよう、会期中5000枚の数量限定でエヴァデザインのポイントカードを発行しました。このように、売場や催だけでなくカード担当も加わり、部門の垣根を超えてエヴァ展を盛り立てたのです。

このように様々なセクションが連携できたのには、直接の担当部署であるコンテンツ事業課だけでなく、他部署からエヴァファンを募集したことにあるようです。この時、15人の有志が集まったのですが、彼らは店舗外壁を催期間中『エヴァ初号機』の色にライトアップするというアイデアを出し、実施に移しました。ちょっとしたことのようにも感じられますが、ファンにとっては嬉しい演出だと思います。

【エヴァ展の結果】

エヴァ展の実施により、期間中の入店客数は前年同月比12%増、銀座店全体の売上は9%増と店全体の売上・入店客数にも大きく寄与。催単体で見ても、エヴァ展来場者数は20日間で延べ15万人と同店催史上2~3位という大きな成果を出すことに成功しました。来場者層も10代~70代と幅広い顧客層を集客できたのですが、特に同店の平常時に比べて若年層の集客に成果を上げることが出来ました。

同店ではエヴァ展の前にも高橋留美子氏の展覧会や「赤塚不二夫展」「ベルサイユのばら展」を実施してきました。サブカルコンテンツの催を行う際には、瞬間風速的に流行しているコンテンツよりも、各世代にコアファンを有し、顧客層の拡大が期待できるものを選んでいるといいます。

キャラクターとタイアップするメリットの一つに、そのファン層に狙いを定めてアプローチできるということがあります。既存の顧客層と異なるファンを持つキャラクターと組めば、新規顧客獲得につなげることが出来るのです。銀座松屋がエヴァと組むことによって若年層の新規顧客の獲得につながることができるということです。

また、このエヴァ展においては催会場内に「ローソン松屋銀座店」と題し、過去にローソンが販売したオリジナルエヴァグッズなどを展示していますから、その柔軟な発想力も成功の秘訣だったように思われます。

(参考文献 販促会議February 2014)

IBMのベアハッグ作戦

本日はIBMのベアハッグ作戦に関して記載します。

【ベアハッグ作戦とは】

1990年代初め、IBMの得意とするメインフレーム(企業の基幹業務などに利用される大規模なコンピュータのこと)からパーソナル・コンピュータが主役になる動きの中で、赤字が続き、市場シェアを失いつつありました。その様な中、1993年、IBMのCEOにルイス・V・ガースナーが就任。そして彼は後に「ベアハッグ作戦」と呼ばれる施策の実施を行いました。この作戦はまずガースナーが50名のトップ幹部たちを集めたミーティングを実施し、3カ月かけて一人一人が最低5社の大口顧客を訪問するように求めました。彼は幹部たちに、顧客の話を聞き、顧客に心からの愛着を持っていることを態度で示すように求めました。場合によっては、実際に相手を抱きしめても良いとまで言っていました。そして、彼は幹部たちに顧客の話を聞いて気づいたことを直接報告するように求めたのです。

【ベアハッグ作戦による効果】

1960年代のIBMは顧客サービスがとても優れていたようですが、時代の流れとともに、ガースナーがCEOに就任したころには内紛の起きる政治的で官僚的な組織となり、顧客志向が不足するようになっていたようです。その様な状況だったので、ガースナーが聞き取り調査をした顧客たちはIBMへの不満をひどく募らせていたそうです。

ガースナーは、この顧客から聞き取った話をもとに、メインフレーム・コンピュータの価格を下げ、会社が所有していた高価な美術コレクションを含む生産性の低い資産を売却します。また、当時IBMは組織の分社化の動きがありましたが、メインフレーム、パーソナル・コンピュータ、ディスクドライブ、半導体といったコンピュータの様々な知見が同社に蓄積されているということを踏まえ、分社化を行わない決断を下します。併せて、当時IBMの事業の中であまり重視されていなかったコンサルティング部門に力を入れるようになっていったのです。

ガースナーが実施した「ベアハッグ作戦」によって、“IBMが顧客重視という基本に立ち返る”という目標を達成することが出来ました。また、コンピュータ業界の門外漢であったガースナーが、市場についての生の知識得て、ビジネスの勘所を押さえることが出来るようにもなりました。

IBMは顧客に焦点を絞り込むことによって、今日もなお、革新的な仕組みの導入に成功していると言います。

「ベアハッグ作戦」は失われつつあった顧客視点を取り戻した経営判断だったと言えます。ガースナーはCEOになった際、コンピュータ業界についての詳しい知識は持っていませんでしたが、政治的・官僚的な組織になってしまってきていることを感じ取って、改革すべき勘所を押さえて、改善策を実施したのでしょう。大きな組織が常に顧客視点を持ち続けるにはどうしたら良いのか、IBMの「ベアハッグ作戦」は示唆に富んでいるように感じます。

(参考文献 ありえない決断)

小売業者が国際化する理由

本日は小売業者が国際化する理由に関して記載します。

【国際化の理由その1】成長の可能性が低い、成熟した国内市場の限界を超えたい時

ライフサイクルの経過の中で成熟期に到達した小売フォーマットは国内市場において右肩上がりに成長を続けることが難しくなります。しかし、外国市場に出ると、その小売フォーマットが新しくて興味深いものと見なされる可能性があります。

例えば、1980年代後半にアメリカで普及のピークにあったウェアハウスクラブ(会員制倉庫型卸売小売のことで例としてはコストコ)は、アメリカを抜け出し、アジアや南アメリカの市場で活気を持って展開されました。また、「トイザらス」はアメリカにおける出店が飽和状態だと判断し、アジアやヨーロッパへの進出をスタートさせました。

小売業者は、国内に留まって新しい小売フォーマットを考え出すよりも、外国市場に打って出たほうがリスクは小さいと考えて、外国へ進出していきます。そのようなことから、国外へ拡張する小売業者は一般的に大規模小売業者となります。

【国際化の理由その2】投資を多角化する必要性

「卵は一つのかごに盛るな」という格言があるようですが、投資を行う際、分散投資をすればリスク回避につながります。国際化をする際、小売フォーマットを多角化するのではなく、あくまで分散投資という観点から多角化をすることがあります。

【国際化の理由その3】規制によって本国での拡張に制限がある場合

多くの国で“小売の拡張の制限”“小売業者による従業員の解雇の制限”“営業時間を規制”といった厳格な規則があります。日本においては「大店法」という法律が過去にあり、大規模小売店を出店しようと思った場合、その地域の中小小売業者にお伺いを立てなければならないという時代がありました。今はアメリカの要求により、この法律はなくなっていますが、このような話は日本だけではありません。例えばベルギーには「パドロック法」、フランスには「ロワイエ法」と呼ばれる同様の法律があります。

【国際化の理由その4】ユニークな小売フォーマットを所有している

ある小売業者がイノベーションを起こし、新たな小売フォーマットを発明したとしても、それが特許や著作権で保護されるわけではないので、競合他社はすぐにそれを模倣することが出来ます。ユニークな小売フォーマットをもつ小売業者がそのフォーマットの価値を最大限活かそうとするならば、他社の模倣に先んじて、外国市場に積極的に拡張することが一番となります。ファストファッションの「ザラ」は迅速な在庫補充システムを開発し、回転率が高く、すぐに買わないと商品が店頭からなくなるという感覚を消費者に与えていますが、この小売フォーマットを持って、積極的に海外に進出しています。

【国際化の理由その5】本国での競争が激しい

競争の激しい市場において、小売業者が成長の可能性が高く競争が激しくない他の市場へ参入することがあります。この例としてアメリカの「Kマート」があります。Kマートはディスカウント小売業においてウォルマートにトップを譲ることとなりました。その中でKマートは、ウォルマートと直接対決をして、アメリカ市場でカニバリゼーション(共食い)をおこすのであれば、対決を避け、国際市場へ拡張していこうということを選択。メキシコに進出します。ただ、この進出は失敗に終わっています。

【国際化の理由その6】本国の景気悪化

景気の後退は、早い段階で小売業者に大きなダメージを与えます。本国市場が経済の低成長期に入っている場合は、国際的な展開を行っていくことが求められます。

【国際化の理由その7】先発者優位

小売業が成功を収める条件として、良好な立地を見出すことが挙げられます。そのため、最初に良好な立地を獲得することが重要となってきます。

現在、日本の多くの小売業が海外に進出しています。全体的な理由としては、少子高齢化に伴う国内市場の縮小やオーバーストア化による日本市場での競争激化といった理由があるためでしょう。また上記に加え、成熟した小売フォーマットやユニークな小売フォーマットが海外へ進出していくということも、海外に進出していく小売業を個別で見る際、一つの指標となると思います。

(参考文献 変わる世界の小売業)

韓国の小売業

【韓国経済に影響力を持つ財閥】

韓国経済においては家族経営で支配される巨大企業集団である財閥が大きな力を持っており、1960年代初期から政府の特別な支援を受けて成長を続けてきました。例えば現代(ヒュンダイ)、三星(サムスン)、LG、SK、韓進、ロッテ、大宇といった財閥があります。また、この財閥の特徴として、参加にいろいろな産業にまたがる子会社を持っています。例えば、自動車で有名な現代であれば、建築・重工業・生命保険で子会社を持っており、小売業では現代百貨店を所有しています。またサムスンはサムスン電子だけでなく、三星生命・三星重工業・三星建設などを傘下に所有していて、小売業においてはイギリスのテスコと合弁でホーム・プラスというディスカウントストアを経営しています。財閥の中でロッテ・グループは特に小売業に強く、ロッテ百貨店、ロッテ・マート(ディスカウントストア)を所有。LGはコンビニのLG25やLGスーパーマーケットを所有しています。韓国経済を理解しようとした際、この財閥の存在が大きなポイントとなってきます。

【製造業の強い韓国における小売業の形態】

韓国は自然資源をほとんど所有しないため、1960年代から輸出部門を支援し製造業の成長を促してきました。一方、小売業に関しては特に国が支援することはせず、1996年に小売市場を完全自由化するまで国際競争からも保護していました。

上記のような流れの中で、韓国の過去からの経緯で、川上である製造業の力が強かったこともあり、委託販売システムや製造業者直営の販売代理店(フランチャイズ)への集中などの特徴を有するようになりました。小売業者ではなく製造業者が、品揃えの決定、販売員の派遣、委託システム下での商品展示、売れ残り商品の処分などの機能を果たしていたのです。韓国の百貨店やディスカウントストアが力をつけた今でも委託販売システムやフランチャイズ店の仕組みは、韓国小売業を理解する上で大きなポイントとなっていると言います。

【上位集中と小規模店舗】

韓国の小売市場は有力企業による集中度が高くなっていて、そのほとんどが財閥グループです。韓国の百貨店業界の上位3社を見ると、ロッテ百貨店、新世界百貨店(元三越→三星)、現代百貨店となっています。またディスカウントストアにおいてもイー・マート(新世界、三星の子会社)、ホーム・プラス(三星とテスコの合弁)、ロッテ・マートと上位3社が財閥系となっています。

その一方で家族経営のパパママ・ストアの割合が非常に高いということも特徴のようです。2000年度の小売店舗数だと、694,000店あり、人口1000人当たり15.1軒の小売店があることになります。日本が13.2、アメリカが6.1、イギリスが1.9、ドイツが1.9という数値になっていますので、小売店が過密していることが伺えます。

韓国の小売業は財閥の影響を大きく受ける一方で、小さな小売店の数も多いということが言えます。製造業の力が強く、委託販売や製造業者直営の販売代理店の仕組みがあることは日本の小売業に近しいところもあるように感じます。

(参考文献 変わる世界の小売業)

ビル・ゲイツのシンク・ウィーク

本日はビル・ゲイツの「シンク・ウィーク(考察週間)」に関して記載します。

【時代の先端を行き成長するための手法 「シンク・ウィーク」とは?】

ビル・ゲイツはマイクロソフトの経営者の時に「シンク・ウィーク(考察週間)」というものを設けていました。シンク・ウィークとは1992年から2008年にかけて、ビル・ゲイツが実施していたもので、彼は大量の企画書を持って、太平洋北西部に休みを取って、1週間引きこもっていました。その際、ただ休んでいるわけではなく、スタッフや家族と離れ、社会との関係性を断つことで、会社の未来にとって重要な問題を深く掘り下げ、会社の今後の戦略を再調整していたのです。

シンク・ウィークのアイデアはビル・ゲイツ一人の発想でした。この時間は娯楽に使うわけではなく全て仕事に使われます。このシンク・ウィークの期間、論文・資料を読み、眠り、食べること以外、何もしなかったようです。食事はキッチン・スタッフが届けてくれるようにして、書斎に冷蔵庫も用意。徹底的に思考に時間を費やす工夫をしていました。

この期間にビル・ゲイツは、ゲーム・映画・コミュニケーションなど様々なエンターテイメントが楽しめるオンラインサービス「エックスボックス・ライブ」構想にゴーサインを出したり、1995年に広告収入ベースの無料コンテンツが勝利することやユーザーがインターネット上でつながりたい人やサービスの名前を見つけられるようになることを予言した有名な内部文書「インターネットの潮流」を書きはじめたりしています。

マイクロソフトにおいても、多くの企業同様、重要な製品はチームワークから生み出されていましたが、会社のコアな部分はビル・ゲイツが握っていました。だからこそ、ビル・ゲイツ本人が、多忙な中、マイクロソフトの未来について沈思黙考し、構想を練る時間を作ることが重要だったのです。そのために、シンク・ウィークが設定されていました。

【シンク・ウィークによる社員のモチベーションアップ】

マイクロソフトのある幹部が「ウォール・ストリート・ジャーナル」の記事において、シンク・ウィークを「世界でいちばんクールな提案書」と評しています。ビル・ゲイツがシンク・ウィーク期間中に、社員自らが書いた論文に目を通し、その論文の提案内容に目をとどめてくれれば、その社員のキャリアにとって最大の転機にもつながります。つまり、シンク・ウィークの設定が社員の士気を向上する効果も持っていたのです。

徹底的に自らを振り返り将来の方向性を設定するということは非常に重要なのでしょう。休日に、娯楽に興じるのではなく、そういった時間に充てるということは大切なようです。

(参考文献 ありえない決断)

ブロッキング作戦による競合企業の閉めだし

本日は、ブロッキング作戦による競合企業の閉めだしに関して記載します。

【液体石鹸「ソフトソープ」登場】

今でこそ、液体石鹸は普通に家庭で使われているものですが、その登場当時、ドラマがあったようです。

1977年、アメリカの発明好きの企業家であるロバート・テイラーは「石鹸をきれいな容器に入れてポンプで出せるようにしたら、主婦に受けるかもしれない」と思いつき、薬品担当者に開発を指示します。そして、シャンプーと同じ製法で保湿成分を加えた、ポンプ式の液体石鹸「インクレディブル・ソープ・マシン」が出来上がり、市場に投入。デパートで売り出すと、大変な売れ行きになったと言います。

1979年後半、テイラーは「ソフトソープ」の名で、食料雑貨店とドラッグストア市場への参入を決めます。テスト・マーケティングを行った結果、かなりの売上が期待できたため、1980年初めに700万ドルの全米キャンペーンを実施。初めのころこそ、反応は良くありませんでしたが、結果的には大好評となりました。

【価格競争回避・市場シェア確保に向けたブロッキング作戦】

ソフトソープの売上が好調な中、競合がテイラーの前に立ちふさがりました。弱小メーカー勢が数十種の模倣商品を出していたということのみならず、P&Gやユニリーバなどの大手がテスト商品を出し始めたのです。競合の激化により、液体石鹸のコモディティ化が進んでしまう恐れが出てきてしまったのです。テイラーは大手が原価ギリギリの価格で液体石鹸を販売してきて、ソフトソープの市場シェアが奪われることを想定し、その対策を採ります。

1981年初め、テイラーは、ソフトソープのプラスチック・ポンプ製造を一手に請け負っていたカリフォルニアのメーカーへ、1年で1億本のポンプを買い取りたいと伝えました。それまでの発注は最大でも一度に500万本程度で、その発注量の多さは途轍もないものでした。この注文によりこのメーカーは他の顧客向けの生産ができなくなりました。他にプラスチック・ポンプを作れる会社も全米で1社しかなく、しかもこの1社もマス・マーケット向けに商品を提供できるところではありませんでした。これにより大手の競合他社は液体石鹸の販売に向けた動きが取れなくなってしまいました。その間、ソフトソープの売り上げは伸び、テイラーの会社(ミネトンカ)は液体石鹸市場で首位の座を守ったのです。

【ブロッキング作戦の汎用性】

このテイラーのとったブロッキング作戦は他にも行われており、例えばアップルはiPodのフラッシュメモリーのように重要な機器の鍵となるような部品を特定し、供給網を独占したり、かつてロックフェラーが石油の樽に使われる鉄の輪の製造業者を買い上げたりしています。人気商品に対して、模倣商品が現れ、価格競争が起こり、儲かりにくくなる、という流れがあります。ブロッキング作戦は上記を防ぐ意味で有効な手段と思われますが、資金を投入するためリスクを背負います。その作戦の採用には、大胆さと繊細さが必要そうです。

(参考文献 ありえない決断)

ジョンソン・エンド・ジョンソンCEOバークの危機管理

本日はジョンソン・エンド・ジョンソンCEOバークの危機管理に関して記載します。

【鎮痛剤に青酸カリ】

1982年9月30日、薬局で市販されていたジョンソン・エンド・ジョンソンの鎮痛剤「エクストラ・ストレングス・タイレノール」のカプセルに、何者かが致死量の青酸カリを混入。結果、シカゴに住む7名が死亡しました。これは、毒物が混入した錠剤の製品ロットがどれもバラバラで、犠牲者がシカゴ周辺に集中しているということから、製造過程に問題があったのではなく、誰かがタイレノールのボトルに異物を混入して、店の棚に置いたのだということが判明したのです。当時、タイレノールはジョンソン・エンド・ジョンソンの大人気商品であり、市場シェアの35%を占める、全米No.1の売上を誇る鎮痛剤でした。それだけに、この事件は同社にとって衝撃が大きかったと想定されます。

【CEOジェームズ・E・バークの決断】

(1)小売史上最大のリコール

この事件を受け、ジョンソン・エンド・ジョンソンのCEO、ジェームズ・E・バークは、その翌日に全国規模のリコールの検討を始めます。これに対して一部の幹部が反対しただけのみならず、FBIの職員たちまでもパニックを誘発することを恐れ、リコールに反対したそうです。しかしながら、その後、この事件の模倣犯が現れたことにより(カリフォルニア州でタイレノールのカプセルにストリキニーネ(毒薬)が混入された)、反対の声は消えていきます。そして、ジョンソン・エンド・ジョンソンは3100万本のタイレノールの「エクストラ・ストレングス」を全国の販売店から回収することを発表。小売史上最大のリコールが行われたのです。

(2)新パッケージの開発

また、バークは不正開封防止のパッケージの設計を命じます。それにより、三層密閉方式のパッケージが生まれました(キャップの内部にアルミホイルを挟み、キャップの上からシュリンク・スリーブをつけて密閉し、さらに糊付けされた外装箱の中に入れる方式)。この時開発されたパッケージは、今日においても多くのアメリカの内科医や薬剤師から支持を集めているそうです。

(3)巻き返し作戦

11月、ジョンソン・エンド・ジョンソンはパッケージを一新したタイレノールの復活キャンペーンを立ち上げます。併せて、消費者が捨てたタイレノールを無償交換することを発表し、「タイレノール」シリーズのどの商品でも買える、2.5ドル相当の4000万枚のクーポンも発行。更にバークは、当時としては珍しかった衛星中継によるビデオ記者会見を開き、全米30都市の記者からの質問に答えました。このキャンペーンが奏功し、事件後7%程度まで落ち込んでいた市場シェアは、事件後1年で30%まで回復したのです。

【バークのクレド(信条)】

バークは会社のクレド(信条)、“リーダーはジョンソン・エンド・ジョンソンの製品とサービスを利用する人々に対する責任を第一に考えなければならない”ということを信じ、実践したのです。この時のバークの対応「危機に際しては、まず自分の知っていることを全て速やかに洗い出し、顧客を守るためにあらゆる手段をこうじるべし」という対応は、危機管理の手本となっています。

様々な場面で危機管理案件がニュースで話題になりますが、その解決に向けた舵取りは、様々な既得権益と絡み合い、道筋のつけ方が非常に難しいのだろうと思います。しかしながら一方で、バークの危機管理もいろいろなところで根付いているようにも感じます。何につけても消費者を優先し対応するということは忘れてはならないということでしょう。

(参考文献 ありえない決断)

ウォルマート 土曜日早朝ミーティング

本日はウォルマートの土曜日早朝ミーティングに関して記載します。

【土曜日早朝ミーティング、スタート】

1962年、アーカンソー州ベンドンビル郊外の小さな小売店であったウォルマートの創業者サム・ウォルトンは、土曜日の早朝に従業員を店の事務所に集め、直近一週間の販売実績を見直させるようにしました。これをきっかけにウォルマートの運命が変わっていったと言います。

週末に作り上げる売上は大きなものであることから、サム・ウォルトンは毎週土曜日の早朝に店の事務所で、何が売れているのか、売れていないのか、前週と比べて今週の売上はどうなのか、ということを知るために、直近一週間の数字を見直していました。

そして、サム・ウォルトンは開店の表示を掲げる前にミーティングを開き、従業員全員に自分の調査結果を伝え、従業員の意見を求め、そしてどの品を特売に出すか、陳列でさらに目立たせるべき商品は何かを決めていきました。

【土曜日早朝ミーティングがもたらした成果】

土曜日早朝ミーティングでの大きな成果は、事業についての情報を全社員と共有できるということであり、そしてそれにより、従業員も店主意識を持つようになったということです。加えて、競合他社よりもスピーディーな対応ができたことです。

1970年代、安売り業界の最先端を行く企業はKマートで、ウォルマートの規模はKマートと比べるとその数分の一の規模でした。この中でウォルトンが競合できると考えたものがスピード面でした。当時、Kマートやシアーズといった競合店は地域オフィス方式をとっていましたが、ウォルマートはベントンビル本社の人間が各店舗を見て回るようにしていました。彼らは月曜から木曜までいろいろな店を回り、金曜の早朝に本社でマーチャンダイジングのミーティングを開きました。そして、土曜日の早朝に各店舗で販売ミーティングを開く際には、各店舗を回って集められた情報を基に、何を修正すればいいのか決めていきます。そして土曜の昼前には地域マネジャーが全地区マネジャーに連絡して、“何をするか”“何を変えるか”の指示を出します。これにより、競合他社では月曜日に前の週の売上を検討していたので、ウォルマートは他社よりも一歩リードした対応が行えたのです。

【現在の土曜日早朝ミーティング】

現在では、細かい問題については平日に行われる無数の会議で扱われ、土曜日早朝ミーティングは月一回のペースになっています。しかしながら、このミーティングは今でもウォルマートが市場の動向を把握するための機会であり、本社と各店舗の一体感を醸成するのに役立っていると言います。

土曜日の早朝にミーティングを行うということを表面的にみると、それほど大きなことのようには感じませんが、結果としてはウォルマートの成長を支える大きな力となったようです。一見、小さく見える行動でも、それが大きな力につながっていくことがあるということを土曜日早朝ミーティングは示していると感じます。

(参考文献 ありえない決断)

スリーエム 15%ルール

本日はスリーエム、創造性と革新性を生み出す“夢想の時間”に関して記載します。

【15%ルール 社員が夢見る時間】

スリーエムはアメリカにある化学・電気素材メーカーで、サンドペーパーやマスキングテープ、ポスト・イットなどを開発してきた企業です。この会社には1948年に決断が下された、「15%ルール」という、有名な企業方針があります。これは社員が勤務時間の15%を自分の好きな研究などに充てても良いというもので、同社の文書で「スリーエムの技術関連従業員には、その配置にかかわりなく、就業時間の15%を上限として、日々の仕事に囚われないプロジェクトに時間を充てることを推奨する」というものがあります。この方針により同社は様々な革新的な商品を生み出しています。その中の一つとして、記録的なヒットとなった“ポスト・イット”があります。これは同社の研究員が聖歌隊で歌の練習をしている時に、聖歌集からしおりが何度も落ちたことが技術開発のヒントとなっています。

【スリーエム 15%ルールへの歴史的背景】

この15%ルールの考え方は、その考え方が評価されるようになる以前から、スリーエムに企業風土として根付いていたようです。スリーエムの創業者たちは自分たちの会社を1902年に創業した際「ミネソタ・マイニング&マニュファクチャリング」と名付けましたが、創業者の中に採掘(マイニング)や製造(マニュファクチャリング)をした人は誰もいなかったと言います。創業者たちは当初、コランダムと言われる硬度の高い鉱石を採掘することを目的としていました。しかし、2年に及ぶ作業と投資の結果、自分たちが採掘したのはコランダムよりもずっとやわらかい斜長岩という鉱石だったと気づきます。そこで彼らは鉱石の販売をあきらめ、砥石車の製造に取り掛かりますが、これもそもそも知識を持っていなかったために失敗。続いてサンドペーパー製造に目標を変えます。この際、サンドペーパーに関しても創業者たちは知識を持っていませんでした。その後、サンドペーパーのサンプルをリチャード・ドリューという社員が地元の車体塗装工に持っていったときに、車を塗装する際に周囲をマスキングするテープの品質の悪さに作業員たちが怒っていることを目にします。それを受けてドリューは、上司からサンドペーパーの仕事に戻るように言われつつも、仕事の合間を縫って新しいテープの開発を続けました。そして1925年にマスキングテープが完成。同社のロングセラー商品となったのです。

スリーエムは創業当初からお金を儲けるための新たな方法を探し続けてきました。それに加えて、社員が上司に逆らって自分が情熱を傾ける製品の開発に打ち込むと、その商品が同社の成功を導くということがあったのです。

【内的なモチベーションの重要性】

近年、創造性と革新性に関する研究が盛んです。その中で『創造性や革新性を引き出すには、外的なモチベーションよりも内的なモチベーションの方が大切である』という発見がなされています。また、自分の仕事が誰かに評価されることを知りながら作業する場合、ただ自分のためだけに仕事をする場合よりも創造性が下がることが、多くの研究から明らかになっていると言います。スリーエムのリーダーたちは、上記のようなことを経験的に体得していたようです。

この15%ルールは現在では他の企業にも取り入れられています。例えばグーグルでは、技術者は勤務時間の20%を個人的なプロジェクトに充ててもよいとしています。

スリーエムの例は“内的なモチベーションをいかに高めていくか”ということが重要なポイントであるという証左のように思われます。

(参考文献 ありえない決断)

ノードストロームのタイヤ伝説

本日はノードストロームの「タイヤ伝説」に絡んで記載します。

【タイヤ伝説】

ノードストロームは全米最大の高級デパートかつ有数の大型チェーンデパートです。タイヤ伝説とは、1970年代にアラスカ州のフェアバンクスのノードストロームで起きた出来事となります。フェアバンクスのノードストロームはタイヤ販売店の居抜き物件でした。ノードストロームが移転してきたばかりのころ、ある顧客が「ここでタイヤを買った者だが」と言って来店したと言います。そして返品をしたいと言ってきたのです。しかしながらノードストロームではタイヤを販売したことなど一度もなかったのです。普通に考えれば返品はお断りをするところでしょうが、この店にいた販売員は、その顧客への返品を受け付けたのです。

そのような出来事は他にもあり、例えば、ある店員は顧客が求めるサイズの在庫品がなかったので、通りの向こうの競合店まで走って行って買ってきたり、顧客が洗濯表示通りに洗濯しなかったために、縮めてしまったシャツを引き取ったり、ということを行っています。日本ではあまり見られない対応だと思います。

【返品自由のノードストローム】

ノードストロームは、顧客がいつ買ったか、レシートの有無にかかわらず、理由を問うこともなく、事実上あらゆる返品を受け付け、払い戻しに応じるという方針を採っています。その決断を下したのは1929年の大恐慌の影響で経営が苦しい状況に置かれている時でした。創業者の息子たちであるエバレット、エルマー、ロイドがその決断を下したのですが、その理由が、何と、いかにも理屈に合わない理由で返品したがる顧客への対応が嫌だったから、と言います。小売業にとって返品はどうしても発生してしまうものです。それならば、一切顧客と争うことをしないと決め、販売員にも絶対に争わないように申し渡したのです。エルマーは「われわれは販売員に『お客様が満足していない場合、当店に来ていただき、望み通りのサービスを提供するように』と伝えたのだ」と語っています。ノードストロームの新入社員たちは、勤務の初日に「規則その一:あらゆる状況において、よき判断を下すこと。以上。付則なし」というルールを教え込まれると言います。

また、ノードストロームでは従業員に自由裁量が与えられています。

このような方針により、権限を与えられた従業員と、従業員が顧客の立場に立って全力で解決策を探すよう導く企業文化が培われているのです。この風土によりタイヤ伝説が一例として生まれ、そして、大恐慌を乗り越え、今のノードストロームの地位が作られているのです。

【行動経済学の観点からも整合性のあった返品方針】

ノードストロームの返品方針は一見合理的でないように見えます。しかしながら、この返品方針には十分な効果があると、多くの調査研究でも明らかになっているようで、このことを証明した研究を発表した行動経済学者たちはノーベル賞を受賞しているといいます。返品の壁を低くすることで、最も明快にもたらせる効果は、人を買う気にさせることができるということだと言います。人間は間違った行動を最小限にとどめたいと考える生き物です。すなわち、返品ができることで、購入によって失敗したという後悔が少なくなり、購買意識を喚起することができるのです。

【結びとして】

ノードストロームのような返品方針は、長年、企業風土として培ってきたもので、簡単にできるものではないと思います。しかしながら、この方針は間違いなく同社の強みとなっています。顧客サービスをいかに高めるかという点でノードストロームの例は非常に面白い例だと思います。

(参考文献 ありえない決断)