本日は、ブロッキング作戦による競合企業の閉めだしに関して記載します。
【液体石鹸「ソフトソープ」登場】
今でこそ、液体石鹸は普通に家庭で使われているものですが、その登場当時、ドラマがあったようです。
1977年、アメリカの発明好きの企業家であるロバート・テイラーは「石鹸をきれいな容器に入れてポンプで出せるようにしたら、主婦に受けるかもしれない」と思いつき、薬品担当者に開発を指示します。そして、シャンプーと同じ製法で保湿成分を加えた、ポンプ式の液体石鹸「インクレディブル・ソープ・マシン」が出来上がり、市場に投入。デパートで売り出すと、大変な売れ行きになったと言います。
1979年後半、テイラーは「ソフトソープ」の名で、食料雑貨店とドラッグストア市場への参入を決めます。テスト・マーケティングを行った結果、かなりの売上が期待できたため、1980年初めに700万ドルの全米キャンペーンを実施。初めのころこそ、反応は良くありませんでしたが、結果的には大好評となりました。
【価格競争回避・市場シェア確保に向けたブロッキング作戦】
ソフトソープの売上が好調な中、競合がテイラーの前に立ちふさがりました。弱小メーカー勢が数十種の模倣商品を出していたということのみならず、P&Gやユニリーバなどの大手がテスト商品を出し始めたのです。競合の激化により、液体石鹸のコモディティ化が進んでしまう恐れが出てきてしまったのです。テイラーは大手が原価ギリギリの価格で液体石鹸を販売してきて、ソフトソープの市場シェアが奪われることを想定し、その対策を採ります。
1981年初め、テイラーは、ソフトソープのプラスチック・ポンプ製造を一手に請け負っていたカリフォルニアのメーカーへ、1年で1億本のポンプを買い取りたいと伝えました。それまでの発注は最大でも一度に500万本程度で、その発注量の多さは途轍もないものでした。この注文によりこのメーカーは他の顧客向けの生産ができなくなりました。他にプラスチック・ポンプを作れる会社も全米で1社しかなく、しかもこの1社もマス・マーケット向けに商品を提供できるところではありませんでした。これにより大手の競合他社は液体石鹸の販売に向けた動きが取れなくなってしまいました。その間、ソフトソープの売り上げは伸び、テイラーの会社(ミネトンカ)は液体石鹸市場で首位の座を守ったのです。
【ブロッキング作戦の汎用性】
このテイラーのとったブロッキング作戦は他にも行われており、例えばアップルはiPodのフラッシュメモリーのように重要な機器の鍵となるような部品を特定し、供給網を独占したり、かつてロックフェラーが石油の樽に使われる鉄の輪の製造業者を買い上げたりしています。人気商品に対して、模倣商品が現れ、価格競争が起こり、儲かりにくくなる、という流れがあります。ブロッキング作戦は上記を防ぐ意味で有効な手段と思われますが、資金を投入するためリスクを背負います。その作戦の採用には、大胆さと繊細さが必要そうです。
(参考文献 ありえない決断)