商業施設の証券化による資金調達

本日は商業施設の証券化による資金調達に関して記載します。

最近、不動産投資信託(証券会社でバスケットを組んでいるもの)の売却を行ったのですが、ここ最近の株安に影響されてなのか、これに関しても若干価格が低下傾向で少し残念な思いをしました。さて、この不動産投資信託、これが資金調達の手段として活用され、企業の成長スピードUPに繋げられています。

例えばイオンモールでは、自社が運営するSC17か所の土地・建物の所有を日本リテイルに譲渡しています。そして日本リテイルはJ-リートとして上場し、イオン系SCを中心に20か所以上のSCを保有して証券化し、賃料収入を得て投資家に収益を分配しています。

また、イオンは自らも不動産投資信託を立ち上げて、自社のショッピングセンターを活用した資金調達も2013年始めています。イオンがいったん自社系の投資信託会社にショッピングセンターを売却して現金を調達。改めて借り直して店舗を営業。そして投資信託会社はその賃料を投資家に分配していきます。イオンは埼玉県にあるレイクタウンを含めた20店舗程度を売却し、その結果、2000~3000億円程度の資金を手に入れました。これによって、イオンは国内やアジアに新しいショッピングセンターを開発していく動きをつけました。

商業施設の証券化は2006年ですでに1兆円を超えるといいます。最近ではロードサイド型専門店のような小型物件まで証券化されてきているといいます。流通業界では成長の源となる資金調達の仕組みとして建物の証券化が進んできているのです。

J-リートを初めて知ったときは不動産を比較的少額で購入できるすごいシステムだと思っていました。不動産投資信託自体、1960年代のアメリカで誕生しているそうなのですが、企業の資金調達方法の一つとして活用されている興味深いものだと感じました。

(参考文献 立地ウォーズ)

小売業のM&A

本日は小売業のM&Aに関して記載します。

1月31日にH2Oリテイリングが関西地盤の大手スーパー、イズミヤと経営統合することを発表しました。H2Oは高級スーパー「阪急オアシス」を約70店展開しているので、イズミヤを加えて商品調達力などの競争力を高めようとしています。

小売業が大型店化を進め、企業の成長を成し遂げようとしていく場合、成長に合わせて地理的に市場(店舗)を拡大していくことが必要となります。また、市場を拡大していくに当たり、スピード感を持った出店も求められてくることとなります。小売業の大型店化が進む中で、今回のH2Oとイズミヤの事例のように、M&Aを実施することにより市場の拡大を図る対応が行われています。

例えば、家電量販店業界の事例を記載します。過去、家電量販店業界にはNEBAという組織が結成されていたために競合他社の店舗のある商圏への出店に消極的でした。しかしながら、1990年代末頃からその意識が崩れはじめ、大型店の立地場所の獲得競争や大型店同士の近接立地による競争が激しくなっていくこととなります。企業が成長していくためには出店数を増やしていくことが求められますが、有利な立地には先に競合他社の店舗があるため、新規出店を行うこととなり、激しい競争を招いてしまうこととなったわけです。また、安売りを行うためには、仕入れ価格を低下させることが必要であり、そのためにはメーカーに対して仕入れる商品量を増すことで、競争力をつけていくことが必要でした。

この問題を解決するためにM&Aの手法が採られてきたのです。M&Aを行えば、無駄な競争なくして商圏を拡大することができ、出店スピードを速めることもできます。

また、M&Aを行うにあたって店舗の重複がないようにすることも必要です。例えば、家電業界2位のエディオングループですが、合併前の各会社の店舗が最も多い地域を見てみると、“デオデオ、広島38店舗”“ミドリ、兵庫29店舗”“エイデン、愛知42店舗”“石丸電気、東京9店舗”“100万ボルト、福井7店舗”というように地域が重ならないように合併が進められてきていることが分かります。小売業がM&Aを行おうと思った場合、相手企業の店舗の立地場所も検討材料の一つとなるわけです。

1月20日には、2011年に出店したばかりのJR大阪三越伊勢丹が売場面積を5万平米から半分程度に縮小するという発表がありました。2014年春にあべのハルカスの近鉄百貨店阿倍野店が開業しますので、関西エリアの小売業の競合環境は激化していくことが必至です。M&Aを含めて今後の動きが注目されます。

(参考文献 立地ウォーズ)

小商圏戦略

本日は小商圏戦略に関して記載します。

【多くの企業が模索する“小商圏戦略”】

小商圏戦略とは、小売業界で1980年ごろから使われ始めている言葉で、狭域の商圏を多数設定したり、既存の広域商圏を分割したりして、そこに小型店を多数立地させていく手法のことを言います。様々な企業が小型店の出店を行っているのですが、一部その取り組みを以下紹介します。

・関西地盤のホームセンター大手、コーナン商事。7~8万点の品揃えのある大型業態「ホームセンターコーナン」に対し、品揃えを約22,000点に絞った小型業態「ホームストック」を展開。売場面積は約1000平方メートル。

・ロフト。2013年4月に東京ドームシティラクーアにアイテムを文房具に絞り込んだ都心向けの超小型店舗「SELF&SHELF LOFT」を出店。多店舗に拡大する予定で、同年9月にJR大塚駅直結のアトレヴィ大塚にも開店している。

・大塚家具。大型ショールームに加え、気軽に立ち寄ってもらえる雰囲気の小型店で消費者との接点を増やす戦略。低価格品で攻勢に出るニトリホールディングスやIKEAに対抗。

【時代背景によって、その位置づけが変わる小商圏戦略】

小商圏戦略はその時代の流れによってその位置づけが変わっています。

戦略的な小型店が注目されたきっかけは、大店法が1978年に改正され、500平方メートル以上のすべての店舗が規制の対象となったことに始まります。各企業は500平方メートル未満の小型店を出店することで規制を免れようとしました。

1980年代。小型店であるコンビニや専門店チェーンが急成長。小型店が「成長モデル」としての意味を持つようになります。コンビニはそれまでの駅前や商業地を離れ、住宅地という場所に成長の拠点を見出し、専門店はロードサイドに成長の拠点を見出していきます。

1990年代。大店法の規制が緩和され、大型店が増大。様々な業界で大型店間競争が激しくなっていきます。それに伴い、小型店は、競合他社の取りこぼした隙間商圏を確保したり、自社の大型店の隙間を補完しセットで市場占有率を上げるドミナント型の役割を担ったりするようになります。

2004年ごろからは社会環境の変化に合わせた小型店へと変化。都心への人口回帰に合わせて、都心で日用品や食品を始めとする多様な需要が新たに増大していきます。また、高齢化に伴い、郊外の大型店へのアクセスが難しくなる消費者が増えてきます。それに合わせて、近年の小型店は大都市部での立地が中心となってきています。例えばイオンのまいばすけっとは、その戦略的な位置づけが「高齢化や都心への人口回帰などをにらんだ地域密着型の戦略的小型店」とされており、売上に関しては既存店で2ケタ増で推移しているといいます。

このように一言に小商圏戦略と言っても時代の流れとともにその位置づけが変わってきていることが分かります。

【小商圏戦略のデメリット】

小型店化で成長を図ろうとした場合、商圏が分割されて店舗数が増えますので、店舗の立地開発や建設資金面での負担が膨らむことが想定されます。居抜き物件などによる出店する際の経費削減が求められるでしょう。また、商圏が小さい分、その狭い地域の顧客ニーズに的確に対応していかなければなりません。品揃えの小さな誤差が売上や収益に大きく影響してくる可能性があるためです。

小商圏戦略が時代の法律であったり社会環境であったりによってその位置づけが変わってきているということからも、小売業が小売システムを置かれた環境に合わせて変化させる必要がある業態であるということが言えそうです。

(参考文献 立地ウォーズ)

44回目 ダボス会議

本日は44回目のダボス会議の安倍首相の基調演説に絡めて記載します。

【ダボス会議とは】

ダボス会議とは、スイスの実業家で大学教授でもあったクラウス・シュワブ氏が提唱した世界経済フォーラムが、毎年1月にスイスの東部の保養地“ダボス”で開催する年次総会のことです。ダボス会議は約2500名の選ばれた知識人、ジャーナリスト、多国籍企業経営者、国際的な政治指導者などのトップリーダーが一堂に会して討議するため、注目を集めてきました。2014年は44回目の会議となり、1月22日から25日まで開催。安倍首相が日本の首相として初めて基調講演を行うということで注目を集めました。

【基調講演:アベノミクスに関して】

安倍首相は22日の基調講演を行いましたが、その中で「日本は復活した」と宣言し、経済回復について語りました。そして自らが「ドリルの刃」となって既得権益の岩盤を打破し、日本経済の成長を阻む障害を破壊すると言明しました。また、「新しい日本が打ち出す新しいビジョン」と題した講演で「向こう、2年間、いかなる規制権益も私のドリルから無傷ではいられない」と述べ、アベノミクスの第3の矢である規制緩和を早急に実施する方針を明らかにしました。日本においてこのことは大きく報道され、安倍首相がこれから法人税減税や岩盤規制改革を進めていくのではないかという期待が盛り上がっています。

一方、ダボス会議から数日後に安倍首相は通常国会で所信表明演説を行いましたが、法人税減税に関しては復興のための法人税の増税を1年前倒しで廃止すること以外述べていませんし、岩盤規制改革についても国家戦略特区(※)と農業の減反について述べているだけでした(※国家戦略特区:規制緩和に向けて既得権益を持った人たちの反対を打ち破る装置として唯一期待されている)。これはダボス会議の基調講演については官邸で作成していますが、所信表明演説が各省庁の調整の上にできているということによります。各役所は総理がダボス会議で行ったことを受けての動きをつけていないという話もあります。長期的な経済成長を見据えた上で重要な“第3の矢”がうまく動いていないということが伺えます。この流れで行くと更なる金融緩和や追加的な財政出動が行われる可能性があります。

【労働市場に関して】

安倍首相はダボス会議で、硬直した労働市場を活性化し、人口が減少する中で労働力を伸ばすため、政府並びに民間企業のトップに占める女性の割合を30%に高める目標を掲げました。実際、昨年1年ほどの期間を取ると、日本の労働人口は増えているそうです。女性や高齢者が働くようになり、人口が減っている中で、生産が縮小することが懸念されていましたが、そうならないことも政策次第で可能ということです。

【基調講演:地政学的な問題】

世界の経済のリーダーたちは日中関係・日韓関係に大きな関心を持っています。靖国神社に関してクラウス・シュワブ氏から基調講演後に質問があり、安倍首相は「対話のドアはいつも開いている」と述べていますが、それだけこの問題は国際的に関心を寄せているということです。また基調演説後に記者団に対して安倍首相が今の日本と中国を第一次世界大戦のイギリスとドイツの対立になぞらえ話題となったりしています。地政学的なリスクは、2012年に日本企業が中国への進出を懸念したように、経済活動に大きな陰りを落とします。

ダボス会議から2014年の日本の経済を見通す状況が見受けられます。消費増税による景気減退、原発再稼働の問題と安倍政権としては悪影響が今後ある中で、いかに第3の矢を実行し日本経済を強くしていけるかが、今後注目されます。

(参考資料 エコノインサイト等)

コンビニの立地選択と立地適応

本日はコンビニの立地選択と立地適応に関して記載します。

【なぜ、同じチェーンのコンビニがすぐ近所に立地するのか?〈立地選択〉】

同じチェーンのコンビニが50メートルくらいしか離れていない場所に出店していることがあります(新宿や池袋といった繁華街でこのケースが見られると思います)。そもそも、コンビニが出店する際には、ある地域に集中的に出店することによって配送コストを下げたりすることを狙ったドミナント戦略を採っているのですが、その出店戦略は徒歩5分圏程度の商圏設定であり、300~500mで1軒立地させるのが理想となっています。よって、50m程度の間隔での出店は近すぎるため、既存店の売上を減らすという弊害が生じてしまうことになります。それでも実際はそのような出店が行われていることがあるのです。

上記のようなことは特定のエリアでシェアの奪い合いをしている場合に起こります。新規物件が出た場合、例えばAチェーンの既存店から50mしか離れていなかったとします。本来であれば既存店の売上を奪うその場所にAチェーンが出店することはないのですが、競合Bチェーンにその場所を奪われてしまうと、Aチェーンの既存店の売上が奪われてしまいます。その様なことをさせないために、とりあえずAチェーンがその新規物件を押さえてしまうということがあるのです。Aチェーンにしてみれば、1店舗当たりの売上は下がりますが、売上総額は減らないからです。

1店舗当たりで見るとデメリットがあっても、チェーン全体で見ると必要な立地選択であることから、このような出店が行われるのです。

【コンビニの既存店の売上を伸ばすための戦略(立地適応)】

コンビニなどのチェーン企業は、全国で同じ規格の店舗・品揃え・サービスをすることで、全体のコストを下げて効率的に運営することを志向しますが、コンビニにおいては出店競争が激しく既存店の売上が減っていて、その売上の維持が求められています。そこで立地場所に合わせた対応がなされるようになってきました。具体的には、オフィス街、駅前、単身者が多い住宅街、ファミリーが多い住宅街、といった商圏の特性に合わせて品揃えの内容を変えていくということを行っています。サークルKサンクスでは2005年に「住宅地」「工業地住宅」「ロードサイド」「繁華街・オフィス」「駅前」という5つの立地タイプに応じた売場づくりや品揃えを進めています。また、セブン-イレブンでは2006年秋に店舗の立地条件や周辺の施設条件データと商品販売との関係が分析できる第六次総合情報システムを整備しています。このように立地した商圏の特性に合わせて品揃えを適応させていくことで、コンビニは既存店の売上を維持していく策を取っているのです。

【コンビニ以外の立地適応】

話しは逸れますが、立地に適応した品揃えはコンビニ以外でもとられています。

・ライトオン:20種類の品揃えタイプを用意。立地特性別に選択。

・モスバーガー:2008年5月から都市立地の店舗で限定メニューを導入。

・はなの舞:各地域の食材や嗜好を反映した地域別の8種類のメニュー構成。

(甲府駅に「風林火山 はなの舞」があったり、京都に「京都 花の舞」があったりします。そして西新宿にはなぜか「龍馬 はなの舞」があります。)

・ポムの樹:本部が200種類以上のオムライス・メニューを用意。各店舗に立地や客層に合わせた数十種類のメニューの組み合わせを自由に選択させる。

店舗を構える場合、立地を選ぶことがまず重要ですが、環境変化によって立地した場所が当初目論んでいたような効果を発揮しなくなる可能性もあるので、状況に応じた変化が必要になってきます。変化し前進していく力は大切なことなのでしょう。

(参考文献 立地ウォーズ)

立地に適応した施策「地域別価格制」に関して

本日は立地に適応した施策「地域別価格制」に関して記載します。

【立地する場所によってマクドナルドで売っている商品は値段が変わる】

2007年6月に日本マクドナルド社は都道府県ごとに商品価格に差をつける「地域別価格制」を導入しました。この時の価格差を例えばビッグマックで見てみます。

『東京・神奈川・京都・大阪では、単品290円、セット(ビッグマック+ポテト、ドリンク)640円』

『埼玉・千葉・愛知・兵庫・広島では、単品290円、ただしセットでは620円』

『福島・山形・鳥取・島根では、単品が260円、セットが560円』

という価格設定です。

この導入時、ビッグマックセットの価格差は最大80円です。導入1か月経ってからの状況を日本マクドナルドのCEOは「値上げした地域で安い商品に消費が移るという現象は起きておらず、クレームも少ない」と語っていました。ほぼ問題なしということです。

このマクドナルドの動きに追随するように、その後、カレーチェーンの「壱番屋」でも採用され、2007年秋には「ローソン」や「吉野家」でも地域別価格制の導入が検討されることとなります。

(マクドナルドの地域別価格制は2012年にはビッグマックセットの価格差は40円まで縮小。また、2013年9月13日からは“立地”をベースとした新しい価格設定を導入しています。)

【地域別価格制、その導入の理由】

外食チェーンでは家賃と人件費(アルバイト経費)が経営コスト(固定費)の大きな部分を占めていることから、各店舗でコストに差が生じます。都心の方が家賃も人件費も高いので、これは避けられない話です。ですので、地域別価格制を導入する前は、全国一律の販売価格であるため、各店舗で利益率にバラツキが生じていました。この点について、当時のマクドナルの本部としては、店舗間で利益差はあるけれど、店舗全体で利益を平均化すれば良いという考え方でした。

ところが、1990年代の消費不況後、マクドナルドは全店舗一律に大幅な値下げをしたために、利益率が低下してしまいます。それに合わせて大都市部で家賃や人件費の上昇がみられ、店舗のコスト差が大きくなっていきました。その結果、一律価格での販売が企業収益を圧迫するようになり、企業の持続的な成長を目的として、地域別価格制が導入されるに至ったのです。

外食チェーンや小売店の場合、いったん店舗を立地してしまうと、その後、店舗を移転するのに大きなコストがかかってしまいます。ですので、その立地場所の状況に応じて変化していくことも求められます。地域別価格制はその“立地に適応する”一つの例です。

同じ日本で同じ商品なのに価格が違うというのは一見不思議ですが、土地の価格などを考えれば普通のことで、発想の転換といったところなのでしょうか。

(参考文献 立地ウォーズ)

チャネル

本日はチャネルに関して記載します。

【数多くの卸売業を通した方が新鮮?】

メーカーで商品が作られ小売店で販売されるまでには、何らかの経路をたどります。メーカーで作られた商品が小売店に卸されることもあれば、中間に卸売業者を通じて小売業に卸される場合もあります。この“生産者から小売業者へと製品を届ける販売経路”のことをチャネルと言います。

このチャネルにはゼロ段階~3段階以上まで様々な長さがあります(ゼロ段階→直販。1段階→メーカーと小売業者。2段階→1段階の間に卸業者が介在。3段階→1段階の間に卸業者、二次卸業者が介在)。

卸売業者の重要な役割は、大量の段ボールの山をさばき、小分けして小売業者に配送することにあります。例えば、メーカーへ100ダースの卵のケースを注文し、それを20の小売業者に5ダースずつ販売するという具合です。小規模の店舗がいきなり100ダースの卵のケースを買ったとしても売りさばけないでしょう。パパママストアのような過去からある小売システムにおいては、小売店舗は小規模で小売業者が一度に仕入れる量は少ないです。発注単位が小さくなればチャネルも長くなっていきます。

また、製品の特徴によってもチャネルの長さは変わってきます。もし製品が傷みにくければ、一度に大量仕入れをして貯蔵しておくことが可能です。よって、チャネルは短くなります。一方で、製品が傷みやすいものほど、チャネルが長くなっていきます。一見、短いチャネルの方が傷みやすい商品を迅速に顧客に届けられそうな気がしますが、これはバケツリレーの原理と同様で、長いチャネルの方が速く届けられるのです。

鮮魚の流通は食料品販売の中でも最も長いチャネルの一つと言います。魚は新鮮でなければならないため、品質を維持するのに1日2回か、少なくとも1回の配送が求められます。

チャネルが短ければ良いというものではなく、状況に応じた対応となっているということです。

【チャネルの幅】

チャネルには先に記載した長さに加え、幅があります。「どのチャネルの幅を選択するか?」は流通政策の一つとなります。

・開放的流通政策

これは自社製品の販売先を限定しないで、広範囲にわたって開放的に製品を流通させる政策となります。一気にシェアを拡大できるというメリットがある一方、販売管理が複雑になるというデメリットがあります(商品クレームが出たときに、小売業者が、どのメーカーで作ったものか探すのが大変、といった感じでしょうか)。また、同じ製品を流通業者間で販売競争させることになりますので、価格の下落や、ブランド力の低下・製品のイメージダウンにつながる可能性があります。この政策は消耗品のような薄利多売に向いている政策です。

・選択的流通政策

これは取引先との関係の中で、販売力・資金力・協力度・競合製品の取り扱い状況といったことを踏まえて、流通チャネルを選定する政策となります。開放的流通政策に比べるとシェア拡大のスピードは遅くなります。

・排他的流通政策

特定の地域や製品の販売先に独占販売権を与える政策で、このような販売先は代理店・特約店と呼ばれます。メーカーがチャネルをコントロールしやすく、価格競争に巻き込まれにくいというメリットがあります。一方でメーカーがチャネルの維持をするためのコストが大きくなるというデメリットがあります。

チャネルは長ければ長いほど商品の価格も高くなり、短い方が良いという先入観がありますが、バケツリレーのように、長いことは長いなりにメリットがあるということがわかります。短絡的に考えることの危険性を垣間見ることができます。

(参考文献 変わる世界の小売業)

マクドナルドの日本オープンに関して

本日はマクドナルド、日本オープン時の話について記載します。

【1971年 銀座三越にマクドナルド1号店オープン】

日本で最初にマクドナルドのフランチャイズを運営した藤田田はもともと輸入業を営んでいました。輸入していた内容は女性用のアクセサリー等でしたが、輸入業を営む中で、藤田はマクドナルド社が国際化に関心を持っていることを知ります。当時、マクドナルド社の基本的な方針は、個人に限り1店舗のみフランチャイズ権を認めるものでしたが、藤田はマクドナルド社に対して“日本で複数のフランチャイズ店を出店すること”と“店舗運営において自由裁量権を認めること”を説得します。

また、マクドナルド社のアナリストがアメリカでの成功例を挙げ、日本でも郊外に出店することをすすめていましたが、藤田はそのアドバイスには従わず、銀座三越にオープンすることにします。銀座三越は藤田が取り扱っていた女性用のアクセサリーを購入していた顧客であったことから、そのコネが利用できたのです。

銀座三越での店舗スペースは通常のマクドナルドの1/5でしたが、藤田はキッチンをコンパクトに設定し、座席の代わりにカウンターを用意しました。その様な店舗スペースになった理由は、三越が顧客に不便さを感じさせるような、店の改装を望まなかったためです。

三越の定休日は月曜日なので、藤田は日曜日の午後6時から火曜日の午前9時までという、39時間の間に店舗の改装をしなければなりませんでした(通常のマクドナルドの店舗の建築には3ヶ月かかる)。このミッションをクリアするために、藤田は東京郊外にある倉庫で、作業員たちに39時間以内で店舗を組み立てられることができるようにするため、練習をさせます。これにより短時間での店舗建設に成功。そして、銀座三越のマクドナルド1号店の売上も上々で、開店から1ヶ月で4000万円の売上を上げ、開店時の開店費用の3000万円を回収することができました。

藤田は第1号店をオープンした3日後、新宿に次の店をオープン。更にその翌日に第3号店をオープン。全ての店舗が大成功を収め、18か月後には日本全国に19店舗のマクドナルドを持つこととなります。

【マクドナルド 多様な国にランダムに拡張するフランチャイズ】

当時、マクドナルド社は日本への店舗展開には興味がなかったと言います。藤田田がマクドナルド社を説得したことで、日本への参入が決定したのです。

マクドナルドはフランチャイズを採用しているわけですが、そもそも、フランチャイズとは“ある企業名の下でビジネスを遂行する権利”のことを言います。そしてフランチャイズには「ダイレクト」と「マスター」2つの類型があり、ダイレクト・フランチャイズは個別店舗のオーナーに与えられるもので、マスター・フランチャイズは、フランチャイズ権が与えられた個人が特定の地域や国で一括して店舗展開が行える権利を持つという制度となります。藤田田は後者の方となるわけです。

マスター・フランチャイザーにとっては、どの国に参入するのが最善であるのかを見分けるよりも、藤田田のような、フランチャイズのネットワークを拡大できる人物を識別することの方が重要となります。ですので、マスター・フランチャイザーでの拡張パターンは、文化的に近い国から順次参入していくというものではなく、多様な国へランダムに拡張していくパターンとなるのです。

【消費者に受け入れてもらうための日本流アレンジとマクドナルド参入による消費スタイルの変化】

藤田田はファストフードというコンセプトを最も受け入れやすい層は若者だと確信し、広告の焦点を子どもと若い家族に向けて絞り込みました。藤田は「日本の年配世代の食習慣はとても保守的である。しかし、子ども達には、ハンバーガーは美味しいものだと学習させることができると思った」と語っています。

また、藤田は日本マクドナルドの成功に向け、マーケティング戦略に自分なりの修正を加えました。例えば、「McDonald」という名前が日本人には発音しにくいと考えて「マクドナルド」に変え、シンボルの「Ronald McDonald」も「ドナルド・マクドナルド」とアレンジしました。このように、日本の消費者が適応するように、マクドナルド社のものをそのまま使用するのではなく、修正を加えたのです。

マクドナルドの日本参入は日本人の消費スタイルを変えていくことともなりました。従来までは弁当を購入していた日本の若者が、ファストフードを選ぶようになっていったのです。

海外から企業が市場へ参入してきた際、その国の消費スタイルに合わずに撤退していくこともあれば、その国の消費スタイルが変化していくことがあります。マクドナルドは後者だということが言えます。

マクドナルド1号店が銀座三越ということを知らなかったので、「百貨店にファストフード」という、そのギャップには驚きました。

(参考文献 変わる世界の小売業)

アメリカの小売業

【アメリカ小売業の歴史】

南北戦争(1861~1865年)後、機械が手工業に代わり、大企業が成長していきました。それに伴い、1870~1916年の間に2500万人以上の移民がアメリカに流入し、移民と自然増を合わせて、人口が4000万人から1億人へと倍以上となりました。この人口増により、製品に巨大な市場を与え、労働者に職を与え、アメリカの経済は発展していきます。

また、1800年代末に鉄道システムがアメリカ大陸を貫いたことも重要な出来事でした。鉄道は1850年の約14,500キロメートルから1900年の約32万キロメートルに増加。列車が消費者を都市内へと集める役割を果たします。それにより、発展する都市部に巨大な百貨店が出現。シカゴのマーシャルフィールド、ニューヨークのR・H・メイシー、フィラデルフィアのジョン・ワナメーカーが百貨店の成長をリードしていきます。

なお、最初の大規模店舗である百貨店の発展を可能にしたものは産業革命でした。大量生産による商品は、手工業のような品質のばらつきがなく、製品が規格化され同一のものとなり、定価を設定することが可能になったのです。

さらに20世紀初頭、自動車の大量生産がもう一つの重要な変化をもたらします。個人で使える輸送手段を得たことによって、多くの家族が郊外に住み始めました。それに合わせて、小売業は郊外に位置するショッピングモールを作り始め、この人口の移動を追っていくこととなりました。

【アメリカで生まれたセルフサービス】

セルフサービスというコンセプトは、アメリカのスーパーマーケット業界で発生しました。このセルフサービスは「包装」「ショッピングカート」「自動車」という補足物が有効なものとしていきました。まず包装ですが、対面販売の際には手渡ししてしまえば包装は必要ありませんでしたが、顧客が自分で商品を選ぶため商品を保護する包装が必要になったのです。また、ショッピングカートは顧客が買い物かごより持てる商品量を増やしました。そして自動車は近隣のパパママストアからスーパーマーケットへ顧客を奪っていくことができたのです。セルフサービスの導入時における特徴として、店員に頼ることなく商品を自由に選べるということがありました。この点は比較的先進的な国でセルフサービスがローコスト、安売り戦略の一部とみなされているイメージと異なります。

【アメリカの小売業が他の国の小売業と異なる点】

まずアメリカの小売業が他の国の小売業と異なる特徴として挙げられることに、“政府の規制がほとんどない”ということが挙げられます。国によっては、店の営業時間を規制している国もあれば、大規模小売店舗を開業することが難しい国もあります。また、雇用に関してもヨーロッパでは不要になった従業員を解雇することは難しいのですが、アメリカでは、その点、規制されていません。

また、強力な製造業者による“ナショナル・ブランドの存在”が挙げられます。ディスカウントストアを営んでいる場合、自分の店がディスカウントストアだと消費者から認めてもらうためには、同じ商品で価格を比較してもらわなければなりません。消費者にとっては、よく知らないメーカーのものではなく、ブランドがついた商品だけが比較可能な尺度となります。アメリカには、ほとんどの商品カテゴリーでよく知られているナショナル・ブランドがあるため、消費者に価格を比較してもらうことが可能となります。

3番目に“短いチャネル”ということが挙げられます。アメリカの小売業者は大規模な全国チェーンが多数あることから、総じて製造業者から直接商品を仕入れています。卸売業者の役割は、製造業者から購入する場合にある程度のロット数で購入しなければならないところ、値段は少し高いものの小ロットで商品を購入することができることです。大規模なチェーン展開が小ロットで商品を買う必要性をなくし、チャネル段階数を減らしているということでしょう。

4番目にアメリカの小売業者のバイヤーの役割です。アメリカでは多くの会社で「仕入れの役割」と「販売の役割」が完全に分離されています。バイヤーが販売部門を訪れてもそれは販売するためではなく、情報を得るためです。アメリカのバイヤーは供給者の製品ラインの品目を個々に調べ、個人の消費者と同じように、品目ごとに「イエス」「ノー」で購入の可否を決定しているのです。このようにバイヤーが自立した存在であることは他の国ではなく、アメリカでの特徴となります。

アメリカの小売業というとスタンダード的なイメージがありますが、その在り方には独特なものがあるようです。様々な国において、歴史や文化が絡まって、その国ならではの小売システムが作り上げられているということでしょう。 (参考文献 変わる世界の小売業)

中国の小売業

本日は中国の小売業に関して記載します。

【中国市場】

中国は14億人規模の人口を有し、人口100万人を超える都市が30以上、50万人を超える都市が40以上あり、小売市場としては魅力的な場所となっています。また、農村部から都市部への人口移動が起こっているようで、住民一人あたりの所得の伸び率が1994年の59%から2004年に66%に伸びたのに対し、農村部では41%から34%へと減少しています。小売業者にとって都市部は魅力的な市場となっているのです。

【外資参入に伴う市場の変化】

1999年時点で中国におけるハイパーマーケットの数は100店舗以下でしたが、それ以降、爆発的に増加していきます。多くの地元企業もハイパーマーケットを展開しましたが、ウォルマートやカルフールなどのような外資系の小売業者には対抗できず、その多くが閉鎖に追い込まれ、ハイパーマーケットの分野では外資系同志の戦いがなされることとなりました。

また、2004年にはWTO加盟に伴う公約を果たすため小売業に対する規制が大幅に緩和され、外資による100%の投資が可能となりました。それにより、メトロは所有権を従来の40%から90%に、ウォルマートが65%に、カルフールが50~60%に引き上げていきます。そして、スーパーマーケット、ハイパーマーケット、コンビニエンスストア業界で競争が激しくなっていきます。それにより地元のスーパーマーケットは強力な外資系小売業と競争するために、より効率的な経営が求められることとなったのです。

一方で、地元の小売業者は立地確保や情報入手などにおいて、政府から優遇を受け、事業展開を進める上で有利になっているそうです。ある現地調査によると、地元の小売業者の売場1平方メートル当たりの売上は外資系の小売業者より70%も高いという結果が出ているそうです。また、政府は外資系の小売業者に対抗できるように、元国有企業の吸収合併を通じた大規模化も進めていると言います。

外資企業が参入し経済発展が促されるのと同時に、政府が自国の小売業を保護しているということでしょう。

【不動産賃貸料の高騰に伴う影響】

不動産の賃貸料の高騰による小売業に対する影響が大きいようです。以前、多くの国有企業は極めて低い賃貸料で有利な立地を閉めていました。しかし、こうした物件の多くも、契約更新を契機として、通常の料金水準に引き上げられました。このことは、企業の収益に大きな打撃を与えています。

また、既存店が契約を更新する場合、賃借料がそれまでの倍に引き上げられます。このような状況だと、利益を予測することが非常に難しくなります。

かつて小売業者は土地を賃借して最小限の投資で急速に成長する戦略を描いていました。ところが、良い立地が少なくなって賃借料も急騰するにつれて、小売業者が土地を購入するようになりました。その流れの中、土地を購入することによる企業の収益の低下に加え、熾烈な他社との競合により、体力の限界に達した小売チェーンが競争力のある企業の買収の標的となっていきました。

【中国の百貨店】

中国で百貨店が誕生したのは19世紀末で、最も伝統的な小売業態です。百貨店は華僑によって始められ、現在、成功しているものも華僑系の百貨店です。百盛はマレーシア系の企業で、トレンド商品を求める中高所得層をターゲットにした、中国最大の百貨店です。太平洋百貨は台湾系の遠東グループの傘下企業で、最も早い時期に中国に進出した百貨店の一つです。

その他、国有企業百聯の傘下にある第一百貨や、北京における地元の大手百貨店であり、16社の完全子会社を持つ王府井百貨があります。また、最近だと2013年10月に仏百貨店のギャラリー・ラファイエットが上海に出店する動きがあります。

急速に発展してきた中国市場は小売業者にとってみても魅力的に映ります。確かに、少子高齢化が始まるまで、市場は魅力的なものだと思います。一方でカントリーリスクがあったり、自由で開放的ではなかったりという部分もあります。全てにおいてそうなのでしょうが総合的に見てどうなのか判断することが必要なのでしょう。

(参考文献 変わる世界の小売業)