湖南平和堂

本日は海外進出の際、現地市場への適応化を図った“湖南平和堂”に関して記載します。

小売業各社が海外進出を図る中で、失敗する企業もあれば、数は少ないものの進出先市場でマーケットリーダーとなっている企業もあります。例えば、イオンのアジア事業を牽引する『イオンマレーシア』、中国内陸部の成都で総合量販店として高収益を上げている『成都イトーヨーカ堂』、中国内陸部の湖南省長沙市で地域一番店を作り上げた『湖南平和堂』が挙げられます。

【総合スーパー 平和堂】

平和堂は1957年に滋賀県彦根市の中心街・銀座街の一角に「靴とカバンの店 平和堂」として創業した店で、その後、総合スーパーとして成長してきました。2011年でみると同社は小売業売上高ランキング25位。総合スーパー売上高ランキングで見ると7位。有力地域チェーンです。中国事業に関しては、収益力はイオンのアセアン事業と並んで、売上高営業利益率7%台と極めて高い水準にあり、とりわけ1号店の本店は圧倒的な地域一番店の座を確保。3店舗の展開になりますが、その3店舗で平和堂グループ全体の15.9%もの営業利益をはじき出しているといいます。

【湖南平和堂 総合スーパーの予定が高級百貨店へ方向転換】

平和堂が最初に進出した長沙市から少し離れた再開発物件である五一広場店は、当初総合スーパーとして構想されていました。ところが、この総合スーパーの計画は当初から挫折します。売場の基本的なゾーニングやレイアウト、店舗運営や販売面においては問題なかったのですが、商品調達面で難題が生じたのです。事前の調査で、地元消費者が平和堂を外資系小売業とみなしており、上海などの百貨店や商業施設で販売されているブランド商品に対するニーズが大きいことが判明します。中国では偽物商品が多いため、消費者のブランド信仰が予想以上に強かったのです。当初、日本での経験を踏まえ、ワンストップ・ショッピングと比較購買機能を充足するために、直営売場70%、テナント30%という売場構成を想定していました。しかし、中国には問屋機能がなく、直営売場の商品仕入れは自社で行わなければなりませんでした。そのため、外国の初めての土地で信用や人間関係もなく、仕入れ規模も小さかったため、有名アパレルメーカーと商談しても相手をしてもらえない。日本製品を中心に品揃えしたのでは、デザインや価格の面で現地市場に適合しない。そのようなことから自社で直営売場の商品を仕入れることが非常に厳しかったのです。その状況を打破するため、衣料品を中心に専門小売店や製造小売業のテナント比率を引き上げ、売場を構成する方針に切り替え、テナント売場の比率を50~55%まで拡大していきました。それにより、初年度の売上は約46億円と順調な滑り出しとなり、期間営業損益は、開業費負担を除いて、黒字化を果たします。その結果を受け、五一広場店は開店後、数年かけて直営方式からテナント方式へと売場を徐々に切り替えていきました。

同時に、接客サービスが予想以上に強力な顧客吸引力を持つこともわかりました。長沙の人々は平和堂を百貨店とみなし、上質な接客サービスを期待しました。実際、来店する顧客は店員に相談し、勧められる商品の中から選択し、購入をしていました。それを受け、現場での接客サービスの重視が徹底されていきます。

平和堂は日本では総合スーパーであり、百貨店として海外進出をしようとしたわけではありませんでした。自社仕入れの難しさや現地市場への適応の結果として、事後的に有名ブランド商品の強化や対面販売の徹底が図られたのです。小売業には現地に合わせた湖南平和堂のような柔軟な対応が求められると言えそうです。

(参考文献 日本の優秀小売企業の底力)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です